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院長ブログ

  • ネットの医療相談

    90年代後半からしばらく、インターネット上で無料の医療相談をやっていました。

    電子メールでの相談にメールで返信。
    お金にはならないのですが、普通の診察では聞けないような相談も知ることができ私も勉強になりました。

    当時は回答する医者の数も少なかったのか、中身も濃く、私も若かったので熱心に回答しました。

    メールでの相談だと、相手の顔や健康状態がわかるわけではないので
    もらった文面から、できるだけ多くのことを推測しなければなりません。

    要点をついて、簡潔な文体で書かれた文章であり、何が聞きたいのかをはっきりさせて書いてくる人には
    (真剣に悩んでいるんだなあ)と心が動いてていねいな返事を書こうと思います。

    逆に誤字を書いてくる人、まとまりのない文章の相談者は

    (テキトーに返事しておこう)
    という気になってしまいます。

    たまに笑わせてくれるような内容のものもありました。

    たとえば・・・

    こないだから整理がきません。今まではきちんとあったのに心配です。」

    回答:私の部屋も普段はだれかに整理に来て欲しいほど散らかっています。おそらくあなたは「整理」と
    「生理」を勘違いしているのではありませんか?

    子宮キンシといわれました。出血が多いようですが大丈夫でしょうか」

    回答:だれもあなたの出血を禁止したりはできません。

    「避妊したいので欄干をしばってくれませんか」

    (欄干 → 卵管です)

    卵巣脳腫と診断されています。どういう点に気をつけたらいいでしょうか」

    (正解は「脳腫」→「嚢腫」。)

    「子宮がん検査でひっかかりました。がんになる確立はどのくらいでしょうか」

    (「確立」→「確率」です)

    これは別の先生にあてた相談でしたが、こんなのもありました。

    「こないだからで困っています。癌の痛みはときどきあったのですが
    最近では癌からの出血も多くなってきて、普段の生活にも支障が出ています」

    私(本人はさぞ悩んでいるのだろう)

    「外科の先生に診てもらったのですが、もうちょっと塗り薬で様子みましょうとのことです。」

    (あれ、ガンに塗り薬?)

    「最近は痛くて、トイレで座るのもユウウツになりました。このイボ癌はなんとかならないでしょうか?」

     

    この人「痔(ぢ)」を「」と間違えていた。

     

    なんとも「脳ましい」メール相談でした。

    無料だと回答の質が低下してくるのか、回答者に要求されること(編集者から、断定的な書き方は避けてください、とか、医療機関の受診を促す内容にしてください、とか)が多くなってきて、書くモチベーションがなくなり、今ではやめてしまいました。

     

  • 休日は 犬に遊んでもらう

    このところ梅雨のような雨空です。コロナも気になるし、うっとうしいですね。

    それでも休日の午後には晴れ間が見えたので、気分転換に犬を連れて天竜川の河原に遊びに行きました。

    私の仕事柄、夜間・深夜に帰宅することがあるのですが、たまに私を不審者と間違えて、犬が私を吠えることがあります。

    雨で長靴だったり、傘をさして、家の前でもぞもぞしていると、不審者と思うようです。

    私は、犬に仲良くなってもらいたいと思い、今回「犬のかぶり物」を持ってきて、犬と遊ぶことにしました。

    犬と友達になりたい一心で購入しました

    仕事の鉄則。高齢者と話をするときは、高齢者のペースで。

    子供と話すときは、子供目線で。

    犬とコミュニケーションをとる時は犬の目線で。

    私(うーわんわん、ボクと遊んでよう!ハフッ ハフッ) (しっぽを振っているつもり)

     

     

    犬の目線で挨拶すると、犬は一瞬ビビリ、

    犬(こいつ何者?)

    しばらくマスクの臭いを嗅いだり、ちょっとなめたりしていましたが、その後、すぐに関心をなくしてしまい、

    犬(こんなやつの相手するの、疲れるわ

    私を放っておいて、他の場所に遊びに走って行ってしまいました。

    私は四つんばいで追いかけようとしましたが、犬のスピードにはとうてい、追いつけませんでした。

    「犬と仲良くなろう」作戦は失敗でした。

    これから、犬と走れるように、四つんばいで走る方法を身につけようと思います。

     

     

  • アフガニスタンの今と昔

    テレビでみるアフガンの風景は私がいた19年前とあまり変わっていませんでした。

    タリバン政権が崩落した20年前、援助と称して各国からNGO,NPOがこの国に入りました。私もアフガニスタンの一地方都市に入り医療援助活動を行っていました。

    大半が砂漠で、これといった産業もない国で、政府はほとんど機能しておらず、電気や道路などインフラはガタガタの国。「失敗国家」と揶揄されるゆえんです。

    ちょっとお金のある人は周辺のイランやドバイに引っ越してしまいます。

    旧ソ連軍の戦車の上で 2002年4月

    現地の治安を私なりに表現すれば「日本の戦国時代」みたいなところでした。国内にいくつか軍事力をもった大名というか「ヤクザのシマ」があり、住民はその中で上納金を収めるかわりに身の安全を守ってもらう、という社会です。普段は平和ですが、大名どうしの力関係が変化するときには「シマ」の取り合いでドンパチが発生します。国としての徴税のしくみもちゃんとしてないので、国の政府としての機能はほとんどない。

    クリニックの開所式

    そういう「戦国時代」みたいな場所で、私は医療活動として、「お産のできるクリニック」を作る手伝いをしていたのですが、私たちの作ったクリニックが「アフガニスタンで15番目に帝王切開ができる医療施設」になりました。「15番目」とはビミョーですが、私の中では今でも誇りに思っています。

    クリニック

    20年前に逆戻りしてしまったアフガニスタンですが、「国際援助」とは「自己満足」だと、早々に見切りをつけ、その後日本でフツーの臨床の医者になった私でした。

    昨年殺されてしまいましたが、アフガニスタンの村に井戸を作って水を引き、農業で人を幸せにしようとした、ペシャワール会の中村哲医師の偉大さには足元にも及びません。

    ただ日本では絶対できない経験をして、水や電気や治安などのインフラが当たり前に存在する、日本に住めることのありがたさをしみじみと実感することができました、

    さて、過激派だけを見ているとイスラム教は「怪しい」宗教とされてしまうのですが、

    アフガンにて 2002年

    アフガンにて 2002年4月

    イスラム教だから危ないとか怪しい、というわけではありません。

     

    イスラム教の特徴としては、日本と比べると

    *豚肉は食べない

    *酒は飲まない

    *断食がある

    *1日の決まった時間にメッカに向けてお祈りをする

    *金曜日が休息日でお休み

    *一夫多妻制

    などです。(私が見聞きした範囲で)

     

    アフガンで「私はビールが好きだ」と言ったら、「そういうことを表で言っていると捕まるから、黙っていなさい」と現地の人に言われました。

    イスラム社会の宴会で、「とりあえずビール」はありえない。

    とりあえず「チャイ」です。

    日本人の予想に反して、お茶だけで結構盛り上がっている(女子会みたいに)

    服装については、イスラムの戒律厳しいアフガンになると、女性は外出するときは全身すっぽり布で覆って、目だけしか出しません。

    男性についてはアフガンではヒゲをはやしていないとちゃんとした成人男性とみなされません。

    タリバンの時代にはヒゲがないという理由で投獄されていました。

     

  • 水の中

    人間は、生まれる前はみんな水の中で生きていた。

    そういうことを思い出させてくれるのは、赤ちゃんが生まれるときに「破水」といって水が出る時です。

    人間は水の中から生まれてくるのです。

    だから水の中にいた記憶というのを、誰しも持っているはずですが、覚えている人はいません。

    「おなかの中にいた頃の記憶を、子供が話してくれたことがあった」

    という話を、妊婦さんから聞くことがあります。子供が2歳くらいになって話ができるようになった時期に一回だけ語った、という事例がありますが、その時期の子供の言うことなので真偽のほどはあきらかではありません。かつては私も信じていましたが、話し始めの子供って、かなり意味不明の発言をするので、大人が勝手な解釈を入れている可能性があることに気づきました。

    胎教といって、生まれる前の赤ちゃんにいい音楽を聞かせると生まれた後、頭の良い子どもになる、と一時信じられていた時期もありました。実際のところ聴覚は24週頃から発達してきますが、水の中で音を聞いているので、私たちが聞こえているようには音楽は聞こえていないはずです。ただ、父親の声には出生後も反応するようで、話のリズムやイントネーションは伝わっているかもしれません。

     

    胎児の心拍のモニタで、赤ちゃんがストレスを受けているかどうか、大雑把に知ることはできます。

    ただし、出てくる前に苦しかったのか、楽しかったのか、赤ちゃんはしゃべってくれない。

    激しく感じられる胎動も、とくに問題はないことが知られています。むしろ全く胎動を感じないのは問題ありとされます。

    この分野、これから技術が進歩してわかるといいのになと思います。

    オリンピックの水泳でアーティスティックスイミング(旧シンクロ)をみていると、水面上に出る美しい腕や足が見える一方で

    水面下で沈まないよう必死にもがいている様子が見えてしまいます。ふだん仕事中、顔で笑って、心で泣いている私のようです。

    個人的には、興ざめですが、赤ちゃんが水の中でどうしているのか、見える方法があればいいのにと思います。

    IMG_20160824_222343_097

    オリンピックでアーティスティック・スイミングの競技が行われていたときに、ある方がお産になりました。

    「おなかの中でよく動いていたんです」

    とお産した人が言うので

    水泳の練習してたんでしょう

    と私は説明しました。

    「シンクロ」昔やってたコンパ芸です

    「オリンピック選手のマネ」
    昔よくやってた宴会芸です。

     

     

     

     

     

    *

     

  • おなかの中の赤ちゃんの姿

    「どういう恰好なんですか?」

    産婦人科で妊婦さんのエコー検査をしていて、よく聞かれる質問です。

    毎日エコーをしていると、頭、背中 足がどの位置にあるのか、私にはだいたい見当がつくようになります。

    でも、簡潔に言葉で表現するのは難しいもの。「上向き」と言っても、どちらが「上」なの?となります。

    実際の赤ちゃんがどうなのか、身をもって私のポーズで示します。「子宮の中の赤ちゃん」です

    ひきこもりではない

    子宮の中にいるのは「ツボに隠れている」イメージです。

    子宮内にいるイメージ

     

    「赤ちゃんて窮屈じゃないですか?」と質問いただきますが、私はそうは思いません。だって「広い」場所にいる経験をしたことがないから、「狭い」ことがわからないでしょ。

    20週代中期によくみられるポーズですが、私は胎児より体が硬く手足が長いので、表現に限界が

    写真では表現できないのですが、自分のつま先の臭いをかいでいるようなポーズの胎児もよく見ます。「足くっせえ」と言っているように見えますが、私の思っていることを妊婦様に伝えるのは差し控えております。

    指くわえる

    8~9カ月になると、母乳を飲むための口の動きがよく見られるようになります。おっぱいを吸う練習です。

    顔がわかりにくい

    妊娠20週代後半になってくると、手や足が邪魔になって、エコーの3Dモードでは顔が見える状態にするのが難しくなります。こういうことをご存じない妊婦様から「どうして(私が赤ちゃんの)顔見せてくれないんですか」と問い合わせをいただくのですが、体の周りの羊水の割合が減ってくるので、素人目には3Dでわかりにくくなります。赤ちゃんが健康で問題ないか、細心の注意を払って検査しておりますので、顔が見えるか見えないかについてはご容赦ください。

     

    マタに手を当てる

    20週代前半には性器がはっきりしてきて男か女かを判定することもできるようになってきます。「性別教えてください」と言って教えられないことがあります。

    時々あるのですが、自分のマタに手を当ててエコーではわからないようにしている胎児もいます。

     

     

  • 骨盤ベルトをしていればよかったのに・・・

    骨盤ベルト

    腰痛の改善にベルトやテーピングが有効と思いますが、このたび骨盤ベルトの巻き方について話を聞く機会がありました。

    妊娠中は骨盤の関節が変化するので、腰痛を持っている人は多い。

    骨盤とベルトの関係

    骨盤とベルトの関係

     

    スポーツ医学の理論などから、腰痛に近い場所を引っ張ったり、圧迫したりすることで、

    自覚的な痛みは軽減すると思います。

     

    しかし、ベルトがあれば腰痛のすべてが解決する、とは私思っておりません。

     

     

    骨盤ベルトの特許を持つ、某社の説明によれば

    「ベルトをすることで切迫早産の予防になる」

    「開いた骨盤が閉まって、お尻が小さくなる」

    「恥骨結合が開いてしまうのを、ベルトが予防する」

    「冷えやむくみが骨盤ベルトで改善される」

    「胎児のゆがんだ姿勢がベルトで改善される」

    などと書かれていますが、ちゃんとした科学的実証がないので、私は信じていません。

     

    うたい文句を信じて、高い値段を払って購入している、善良な人もいるので、一石を投じたい。

    腰痛の要因として、見逃されがちなのは、

    1)運動不足による筋力低下と

    2)日常生活でのゆがんだ姿勢。

    もちろんそれだけではありませんが

    ベルトさえしていれば、腰痛すべてが解決する、というわけではない。

    ベルトさえしていれば良い、というわけではない

     

    さて、私の医者人生の中で

    ベルトさえ していればよかった、という経験もあります。

    手術着は、ズボンをヒモで縛るので、あわてていると、手術中に緩んでくることがあります。

    手術では、手洗いをして清潔になった手は、術野以外を触ることはできない。

    長時間の手術で、体を移動させていて、手術用ズボンが緩んでしまって、困ったことがあります。

    とうとう、直せないまま、自分のパンツが見えるくらいズリ落ちてしまいました。

    「ひゃー」という声が、周りの看護師から上がりましたが、

    若い看護師に直してもらうのは恥ずかしいので、自分より年上のおばさんの看護師に、ズボンをずり上げてもらいました。

    真剣に手術していたので、私にとって、パンツが見えた程度のことは、どうでもよかったのですが・・・

    後から考えると、

    ベルトがあればよかった・・・

     

     

  • 夏の自転車旅行

    徳島大学の前で

    徳島大学の前で

    37年前の夏、日本一周の自転車旅行をしたことは先日ブログでお話しましたが、

    今回はその続き。

    7月に北海道を一周し、フェリーで新潟に移動。そこから本州を横断して静岡の郷里に戻りました。

    8月は西へ向かって出発。九州、四国とめぐり、8月終わりに再び静岡に戻ってきました。

    野宿をしてペダルをこぐ道すがら、人生初めての経験を数多くしました。

    山口県でオカマに襲われたことがあります。

    下関の海峡近く、海の見える公園で、ぼーっとしながらベンチに座って休んでいたときのこと。

    私の横に、小柄でなよっとした中年男が座りました。

    「お兄さん、自転車に乗ってるの?」

    「ええ」

    「どこから来たのお?」

    などと言いながら、座ったまま、次第に私に近づいてきます。スリスリと。

    「そんなに長いこと自転車に乗っているの?」

    「一日どれくらい走るの?」

    私の横にヒザを並べる形で座った男は、私の太ももあたりに目を向けています。

    「お兄さんて、たくましいのねえ、うふっ」

    オネエ言葉が気になるな、と思った次の瞬間、すっと手が・・・

    「私、たくましい男の人って好きだわあ

    というなり、私の股間に手を伸ばした!

    (アッ―!)

    声にならない叫びとともに、その場を飛びのいて

    怖くて、いちもくさんに自転車を押して、その場から逃げ出しました。

    オカマに股間を触られたのは、人生初めてです。

    怖かった。

     

  • 自転車で日本一周

    冒険の人生

    自分にとって始まりは何だったかというと、37年前の夏です。

    E

    1984年。10代の終わりに自転車で日本一周旅行をしました。

    寝袋とテントを自転車に積んで、野宿をしながら北海道に。

    当時住んでいた茨城県から北海道までちょうど一週間かかりました。

    全国の大学に進学した同級生(北は東北大、北大、西は京都、広島大)を訪ね、ついでに泊めてもらう、という作戦で、

    ほとんど宿泊費は払っていません。

    野宿も繰り返し、神社、学校、橋の下、コンクリートの上どこでも熟睡できる体になってしまいました。

     

    この旅行、宿泊費はかかりませんでしたが、自転車を一日中こぐので、やたら食べる量が多く食費はかかりました。

    1日5食くらい食べていました。

     

    日焼けで肌は赤銅色になり、足は丸太のように筋肉が付き、野人みたいになってしまいましたが(写真)、

    小汚い自分をヒッチハイクで乗せてくれたり、

    造園のバイトをさせてくれてお金をもらったり、

    旅先で受けたやさしい心遣いは、今でも思い出します。

    高校生の頃に「大学生になったら、やってみたいこと」、の一つでしたが、「大学はレジャーランド」と勘違いしていたので、

    学業の成績は散々でした。

     

     

  • ピンポンダッシュをオリンピック競技に

    オリンピックの卓球選手、活躍してますね!

    私の住む磐田市はあの水谷準選手や伊藤美誠選手の出身地です。これをきっかけに卓球が盛んになるといいですね!(とはいえ、両者とも県外で育成されていますが)

    磐田市内(旧福田町)のプールに行くと、1936年にベルリンオリンピックで金メダルに輝いた寺田登という人の記念碑があります。この地は昔から水泳も盛んだったようで、どちらかというと水泳の方に力を入れている印象です。

    卓球についていえば私が幼少時は、この地域では盛んではなかった。「卓球は一部の特殊な人がするスポーツ」と私勝手に決めつけ関心なかったこともありますが。テレビで見る卓球選手の動きは私にはとても真似できません。テーブルから遠く離れて立ち、ネットすれすれに玉を打つ、しかもラリーが続く。人間と思えません。ピンポン玉の回転は、自分には見えないけど上手な人には見えるんだろう。上手な人には「球が止まって見える」とか言いますが、私の目には常に動いて見えるし。

    ビールのCMで打ったピンポンの球がゆっくり動くシーンがありました↓

    サッポロ黒ラベル 「卓球編」 – YouTube

    すごい戦い!

    私は中学では柔道部に入り、高校では山岳部にいて、いちおうスポーツはしていて、体を動かすこと自体は好き。サッカー、ソフトボール、ポートボール、バスケットボール、テニス、バレーボール。こういった球技は好きで、みんなとワイワイいいながら球を追いかけるのは好きですが、運動音痴な私のコントロールが悪くチームをしらけさせてしまうのがイヤで・・・。

    相手を打ち負かす球技系のスポーツは自分に向いていないと確信を持つようになりました。

     

    昔、私は水谷選手のお母さんに会ったことがあり、「応援してほしい」とお母さんから水谷君の顔写真の入った(レトルト)カレーをすすめられて買いました。

    レトルトカレー(このカレーおいしいんだろうか)と思ったのが唯一の購入動機でした。豚肉のうまみが効いておいしかったです。地元のスーパーではジャワカレーやボンカレーと同じ場所に並べられています。

    磐田のカレーといえば、一時B級グルメで「おもろカレー」を普及させようとした時期がありました。豚の軟骨を煮込んだカレーがありましたね。

     

     

    私は中学の頃ピンポンダッシュが得意でした

    とテレビで言っていた某女性芸能人がいて、自分はピンポンダッシュとは卓球の競技の一つかと思ってましたが、勘違いなのに気づいたのは
    ここ数年のことでした。

    (私のように知らない人のために説明すると、ピンポンダッシュとは、どっかの家の玄関のベルをピンポンと押しておいて、ダッシュで逃げることです。いたずらの一種で、競技ではありません)

    たとえピンポンダッシュが競技になっても、たぶん、自分は逃げ遅れるような気がする。

  • 貧血オリンピック

    とうとうやることになった東京オリンピック。

    アスリートたちのが 能力の限界まで挑戦する姿は美しいです

     期待の選手は自己最高を超えるか

    100m陸上は9.6秒の壁をやぶれるか・・・

    さて、記録に挑戦しているわけではないのに、

    たびたび「新記録」が出て

    私をびっくりさせるものがあります。

    それは貧血

    女性には貧血が多いですが、貧血の度合いもさまざま

    中には、よくここまで耐えたな、と思えるくらい低いヘモグロビン値の人がいます。

    正常の女性ではこのヘモグロビンの値が11.5-15g/dl。

    妊娠すると「相対的な」貧血になり 10 程度

    生理の時だけ出血が多く、長年かけて体が慣れていくと

    ヘモグロビンが 8 程度の貧血があっても普通に生活している人は多いです。

    ただ、皮膚が黄色くみえて、素人目からも明らかな貧血とわかるようになります。

    子宮筋腫などの方に多いです。

    ヘモグロビンの値が低い状態になると、心臓に負担がかかってくるので、心臓が大きくなる。足がむくんでくる。

    病院に行くのがイヤで、ガマンにガマンを重ねた挙げ句、意識を失って倒れて救急車で運ばれてくる人も時々いました。

    私が医者になって駆け出しの頃

    血の濃さをはかるとヘモグロビンの値が 5 という患者がいて、あまり病院に来てくれない人でした。

     なんで病院に来ないのか聞いたのですが。

    毎回出血は多いのですが、病院がキライなので行かなかったそうです。

    その数年後にヘモグロビン 3.5 で外来に歩いてきた人がいて、私は驚き、

    10年ほど前、ヘモグロビン値 2.3 という人がいました。

    全身皮膚の色はまっ黄色。

    他の病院で子宮筋腫と診断されたという彼女は
    なんと自分の足で歩いて病院にやってきました。

    歩いているなんて「奇跡の人」と思われました。普通なら体を動かしただけで心臓バクバクです。

    「どこ(の病院)に行ってもすぐ入院をしろと言われたんですけど・・・」

    当然です。こんな人は首根っこをとっつかまえても入院させなければいけません。

    「でも入院できないんで・・・」

    入院はイヤだと言います。面倒を見ている子供がいると。

    その時は、とりあえずこれ以上出血が起こらないような薬剤の注射をした後で、
    来週必ず入院してくださいよ、と念を押しました。

    しかし。 その後入院の日になっても彼女は現れませんでした。

    どこかで倒れたかもしれない。 どうなったか知りません。GUM06_SY01095

     

    数年後の話

    自宅で動けなくなって救急車で私の病院に運ばれてきた別の患者さんは

    ヘモグロビンの値 1.7 でした。 (もう、どうにでもして、というあきらめ顔でした)

    これ以下の値を私はまだ目にしていませんが、

    冗談まじりに話ができるのは、重症貧血でも治療で劇的に改善するからです。

    (文献では、Hb3を切ると心停止の事例が多くなります)

    病院で、輸血、鉄剤投与により、貧血を治せば、皆さん

    「嘘みたい」に自覚症状が改善します。

    元気に歩いて退院されます。

    医者をやっていると、年々記録が更新されていくのでビックリします。

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