院長ブログ
幸せな終末
2024年1月31日|院長ブログ
寒い時期は高齢者の急病が増えます。
「この時期忙しいねえ」
先日患者を搬送した帰りに、救急隊員が言っていました。寒い時期は救急車の依頼が多いのだとか。
要因はいろいろあります。
一つには、寒い時期の風呂。
日本では、自動車事故で死ぬ人より、風呂で溺れる人の方が多いって、知っていましたか? 実は寒い時期の風呂って、危険で、温度の急激な変化で、血圧が乱高下して、心臓や脳血管の病気を起こしやすい。年寄に風呂は注意すべきです。
もう一つには転倒。
雪や氷で、転んだり落下したりする人が増える。北日本で、屋根の雪かきをしていて、屋根から落ちて死傷する高齢者のニュースは冬にはよく耳にしませんか。高齢者は足腰の筋力が低下し転倒しやすい。
第三には、モチの誤嚥(ごえん)。
高齢者は、ものを飲み込む能力が落ちていて、モチのようなものは、ノドにひっかかりやすい。統計では、やはり冬季に食べ物がのどに詰まる事故が起きやすい。
そういうわけで、年末年始から正月の寒い時期は、高齢者にとって受難の時期であります。
*
さて私が20代の研修医だった頃の話です。私の勤めていた病院には三次救急に対応していてどんな重症の患者でも引き受けていました。
来院時死亡(Dead on Arrival)といって救急車が病院についたときはすでに心臓が停止している状態の患者もいたりします。
大部分は帰らぬ人となってしまうのですが、それでもわずかの可能性を信じて、若い救急研修医たちは一生懸命心臓マッサージをします。
私が当直にあたっていたある深夜、モチをのどにつめて意識を失ったという83歳の男性が救急車で運ばれてきました。
病院に運ばれてきた時はすでに自発呼吸がありません。
気道に管を通し(挿管)し、心臓マッサージを30分ちかく続けてみましたがもはや心拍も、呼吸も、瞳孔の開きも、この世から去っていく兆候を示していました。
死亡宣告をした後で、亡くなったおじいちゃんの娘とおぼしき中年の女性に話を聞きました。
「おじいちゃん、以前からのどに食べ物つめることがあったんです。”よもぎモチ”が本当に好きなおじいちゃんだったけど、
危ないからあれほど食べるなって家族から止められてたのに。」
女性はハンカチでほほの涙をぬぐいながら、私にそう言った。
「こっそり自分の部屋にもちかえって”よもぎもち”を食べたらしいんです。
部屋の様子がおかしいから見に行ったら・・・倒れてたんです。」
娘さんは涙を流し、でもよく見ると苦笑いしていました。
おじいちゃんは誰にも見られないように部屋によもぎもちを持ち帰り大好物のよもぎもちをぱくっと口にいれた瞬間、のどにつめたのでしょう。家族にこっそり隠れて食べるほど、よもぎもちが好きだったのか。
人生の終末期の患者さんで、点滴につながれて、意味のない延命治療を受けていた高齢の患者を数多く見てきた医者の私に言わせていただくと
自分の好きなものを食べてあの世に旅立てるなんて、
ある意味幸せなんじゃないか、とも思いましたが・・・