院長ブログ
喜びと悲しみ
2023年12月21日|院長ブログ
喜びと悲しみは時として一度にやってくることがあります。
昔私が県外の病院に勤めていた頃の話ですが、12月のある日、
30代後半の女性が。私の診察室にやってきました。
「生理がない、妊娠したかもしれない」とのことでした。
超音波、尿の検査でたしかに妊娠していました。
「先生、本当に妊娠、ですか?」と信じられない顔をしている彼女。
「ええ、確実に妊娠してますよ」と私。
そして、おめでとうございます、と言いかけて問診票を見た時、出かかった言葉を引っ込めました。
彼女にはすでに4人の子供がおり、現在離婚している。
この人が出産を希望していないのは明らか。
(この人は中絶を希望しているんだな)、と思いました。
「先生、間違いなく妊娠ですよね」と念を押す彼女
「ええ、妊娠していることは確実ですよ」
何がそんなに不思議なんだ、と思っていると
「先生、ちょっと待ってください」
と言って彼女は突然、診察室の外へ出て行き
50代くらいの、人生にくたびれた感のある中年男性を引っ張ってきた。
聞けば、この男は現在つきあっているボーイフレンドだという。
(オジサン、オバサンになってもボーイフレンド、ガールフレンドと言うんだなあ)
「先生、本当に妊娠してるんすかあ?」
その中年男はびっくりした様子で私に聞いた。
どうやらこの男が彼女を妊娠させたらしい。
彼女としては、この男に、妊娠した事実を見せて、責任をとってもらおうと思っているらしい。
しかし、この男のオドロキは普通ではなかった。
「せっ先生、それってホントですかあ?」
「どの医者が見ても、同じ事を言うでしょうね、彼女は妊娠されてますよ。」と私
そんなこと信じられない、という感じでした。
「そんなことあるはずない!」
私は淡々と説明しました。
「彼女の生理の日から計算すると、排卵のあった日はカレンダーのこのあたりです。この日前後3日以内にセックスしませんでした?」
生理の周期が規則正しく訪れる人なら、大体の排卵日は予測できる。
「たしかに先生、おっしゃるとおり、その日でしたけど。」
中年男はそれでも信じられない、という風だった。
「でしょう?あなたとの性行為で妊娠した可能性が高いですね。」
「でもねえ、先生」
男は私に打ち明けた。
「わしは若い頃”おたふく風邪”にかかりまして。それ以来、子供ができないって言われてたんです」。
物心ついて30数年、私あっちこっちでいろんな女とセックスしてきましたけど
今まで一度も妊娠したことなかったですよ。避妊しなくても。」
ムンプスMumps(おたふく風邪)にかかると無精子症になると言われている。
正確には精液検査をしないとわからないが、とにかく今回の妊娠は彼が原因であることは明らかでした。
彼と彼女の間で今にもケンカがはじまりそうな、
緊張感のある狭い診察室。
妊娠させられた女性と、私の背後の看護師はあきれた表情で男を見ていました。
でも私は、中年男の表情に少しだけ喜んでいるような表情が見えました。
(自分にも子供を作る能力があったんだ!)
という男としての喜び。
*
医療の現場は人間模様のドラマを見ているようです。